©Tsuyoshi Nakajima

吉田善章 (YOSHIDA Zensho
東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授

1.  私たちの分野はいま

 

《プラズマ物理学》

 プラズマ物理学は,この40年ほどで長足の進歩をとげた分野です.この間の最大のテーマは「核融合エネルギー開発」に関わるプラズマ閉じ込めの研究です.世界中の優秀な研究者が協力あるいは切磋琢磨し,核融合の科学的実証を目前にするまでになりました.そこで展開された理論および実験の方法論は多様であり,多くの分野へ影響を与えました.

 しかし,エネルギー開発という目的への志向性は,しばしば「装置」の中で起こる個別的な現象へ特化し,普遍性という意味での学問的土壌を痩せさせてきたことは否めません.より強い「自然科学」としてのモーティベイションを回復するために「プラズマ宇宙物理学」を発展させたいと考えています.

宇宙には未だ原因がわからないプラズマ現象や未解明の興味深い構造をもった天体プラズマがたくさんあります.たとえば,木星磁気圏には磁気圧を超える高い圧力をもったプラズマが閉じ込められています.木星の自転と一緒に高速で回転していることが,このような構造が安定である原因ではないかと推測されていますが,理論的にも実験的にも十分な証明がありません.この構造と形成メカニズムが解明されれば,地上でも極めて高い圧力のプラズマを小さな磁場エネルギーで閉じ込めることができると予測されます.これは極めて効率的で革命的な核融合コンセプトになる可能性を秘めています.私たちの実験プロジェクト「フローイングプラズマ」は,天体の磁気圏と相似な磁場構造を超伝導磁気浮上コイルを用いて形成し,高速回転するプラズマの構造や運動を詳細に研究することを目的としたものです.

 もう一つ例をあげると,ブラックホールなどのコンパクト天体に回転しながら降着するガスやプラズマのディスクは,現在の理論で説明できるよりもはるかに速い速度で中心天体に吸い込まれています.これは「異常な粘性」による角運動量輸送があるからです.同様に「異常な電気抵抗」もしばしば観測されます.太陽の光球外には「コロナ」という高温プラズマがあります.太陽は強い磁場をもっていて,コロナ領域のプラズマを閉じ込めていますが,ときどき「フレアー」という爆発現象が起きて,プラズマの塊が太陽から噴出します.しかし,現在の理論で導かれるプラズマの電気抵抗を仮定すると,フレアーが起こるために必要な時間が5桁以上も長く見積もられます.異常な電気抵抗のために,極めて高速でプラズマの塊が太陽の磁場からちぎれて飛び出すことができるわけです.私たちは,このような「異常」な粘性や抵抗は,プラズマ粒子の運動の「カオス」が原因であると考えています.もちろん,降着円盤や太陽コロナのスケールは,ミクロな粒子運動の効果であるカオスが起こるスケールとは10桁以上の隔たりがあります.この「スケール階層」を連接するメカニズムが問題です.プラズマは自ら「構造」を作ることによってスケール階層を克服することができる −この仕組みは「非線形性」と「特異摂動」という数理的な概念で説明できると考えています.理論,シミュレーションおよび実験によって研究を進めています.この研究も,極めて効率的にプラズマを加熱する方法などとして応用できます.具体的には,カオスを用いたプラズマ発生法を提案しています.

 

 

《非線形科学》

自然科学から社会科学を横断するキーワードとして「非線形」が注目を集めています.非線形性こそが多様な,劇的な,あるいは奇妙な運動を生み出す原因だと考えられるからです.

例えば,銀河の美しい渦巻き模様の形成,太陽で起こる激しい爆発現象(フレアー),それに呼応するオーロラ,気象や地殻変動が示す周期的と非周期的の中間ともいえるような複雑性,生態系がもつ多様性の形成と維持,生物がもつ高度な機能や構造の発生,株価などの予測困難な変動やカタストロフィーともいうべき恐慌など,これらはいずれも線形理論ではあつかえない非線形現象です.

もちろん,このような複雑な難問が一挙に氷解する大定理や一般法則があるだろうという一足飛びの予想や宣伝は危険です.私たちは,厳密科学の立場から慎重に考察しています.一方に緻密な理論,他方で細分化された専門領域をどんどん越境してゆくフロンティア精神,この両者が「非線形科学」に強い魅力を与えています.

非線形科学の大きな主題は「秩序」と「複雑性」です.この二つは,必ずしも背反する特徴ではなく,むしろ多くの場合「共存」しています.この共存こそ「多様性」の本質です.多様性の起源と維持のメカニズムに注目して研究を進めています.

私の専門はプラズマ物理ですから,銀河や星,惑星磁気圏などを構成するプラズマを事例として述べましょう.さまざまな天体は構造をもっています.例えば,銀河の渦巻き,太陽表面のさまざまな渦などは一応「構造」であると認識されます.しかし,物理の初歩として学ぶような惑星の周期軌道であるとか,水素原子における量子化された電子波動関数などのような「ゆるぎない秩序」と比べると,これらは常に複雑性と共存する秩序です.プラズマの中にも,整然とした波や振動,ソリトン(いわば量子化された非線形波)などのように,比較的簡単な数学的表現によって形態や運動を表すことができる構造が存在し得ます.しかし,プラズマの第一義的なありさまは,乱雑さを伴った「複雑系」としての姿です.これは,プラズマにとどまらず,さまざまな流体(気流や海流など),生物の体,社会システムにいたるまで,私たちをとりまく現実の世界をみたときの共通的な認識です.

自然が秘めている,未だ人知がおよばない多様性は,アイデアの宝庫でもあります.私の場合,プラズマの多様な構造を,まず自然から学ぼうとしているのは,核融合プラズマや反物質プラズマを私たちの手で作り出すヒントを求めているからです.

 

 

2.私たちの研究

 

《実験プロジェクト》

プラズマ中の電場構造,流れ場の構造を研究する「フローイングプラズマ実験プロジェクト」を進めています.トーラス型内部導体系という独自のプラズマトラップ〈Proto-RT〉を開発しました.1997〜2000には,科学研究費補助金・基盤研究(A)によるプロジェクト研究「トーラス型トラップによる非中性プラズマの閉じ込め非中性プラズマ閉じ込め」を遂行し,トーラス型の磁気面配位において,高性能の非中性プラズマ閉じ込めを世界で最初に実現しました.

非中性プラズマは,中性プラズマとは異なり,荷電粒子集団自体がもつマクロな電荷による「自己電場」を有し,これが集団総体の運動と構造を支配する主要因となります.この点で,銀河などの重力多体系に類似する性質をもちます(重力は引力ですが,静電力は同種粒子に対して斥力である点が異なり,さらにプラズマでは磁気相互作用を含むLorentz力の複雑性が加わります).銀河が,自己重力に対抗して回転する平衡状態をつくるように,非中性プラズマは,自己電場に対抗して静磁場に対する回転とがバランスした平衡状態をつくります.この種の平衡状態は,高速で回転する系の実効的なポテンシャル場の中での「熱平衡状態」となり得ます.自己場のない系では,熱平衡状態は一様分布の自明な状態(熱的な死の状態)でしかありませんが,自己場をもつ系の熱平衡は,ある束縛条件(総体の角運動量など)のもとで「構造をもった」状態となり得るのです.このような「熱平衡状態」は,さまざまな揺らぎにたいして安定な構造であると予測され,プラズマ中に自己組織化される電場あるいは回転流の場の構造を理解したり,非中性プラズマの発生・閉じ込めの最適化をおこなったりするための物理的な基礎を与えます.

非中性プラズマ閉じ込めの研究を発展させ,2002年からは科学研究費補助金・基盤研究(S)によるプロジェクト研究「トーラス型非中性プラズマを用いた高速流プラズマの高ベータ平衡と安定性の実験的検証」を推進しています.強い流れをもつプラズマの自己組織化現象を実験的および理論的に解明し,宇宙空間や天体に見られる極めて高いβ値をもつプラズマの生成原理と安定性を実験的に検証することを目的とした研究です.私たちが理論的に予測している「高速プラズマ流による動圧によってプラズマを閉じ込める〈double Beltrami場〉の自己組織化」を実験的に検証しようという計画です.これまでの実験で,イオン音速の3〜5倍の超音速プラズマ流を安定に生成することに成功しています.また,この流れが作る衝撃波の効果も見つかっています.

2004年度には,超伝導磁気浮上コイルを有する本格的な実験装置RT-1を建設するための特別設備費を文部科学省から受け,柏キャンパスの基盤科学実験棟に新装置の建設を進めています.2005年度から実験を開始する予定です.

 

《理論プロジェクト》

プラズマ物理学は,非線形現象の最もダイナミックで美しい側面を研究する科学です.プラズマ物理の面白さは「方程式が分かっていても解けない」とうことにあります.この「解けない」という意味は,解がないということではなく,解の性質が複雑だいうことです.多様な解がある中で,どういう場合にどのような解(プラズマの運動)が立ち現れるのかがわかりにくいのです.方程式の「一般解」を探すのではなく,むしろ「特殊解」に現れる多様な構造や運動様式を見出し,それを様々な科学技術に応用することが「理論家」の役割だと考えています.

私たちが特に注目しているのは「フローイングプラズマ」に現れる興味深い現象です.自然界あるいは実験装置の中に存在するプラズマは,ほとんど全ての場合に流れているのですが,実は静止しているプラズマの理論に比べ,流れているプラズマの性質はほとんどわかっていません.たとえば,プラズマの安定性を解析する理論では「非エルミート作用素」のスペクトル分解という数学的に未解決の問題と取り組まなくてはなりません.私たちは数学的な基盤をつくるという最も基礎的なレベルから厳密な研究を進めています.

プラズマの重要な特徴の一つは,その多階層性にあります.粒子(電子,イオン,ダスト)の運動が問題となるミクロの階層と,マクロスケール(天体や磁気圏などのスケールあるいは実験装置のスケール)の階層,さらに中間(メソ)スケールの階層は,決して独立ではなく,強く連関しています.この階層連関からプラズマの豊かな構造が生み出されると考えられます.階層連関の問題は,理論的には,非線形性と特異摂動の問題としてとらえられます.私たちが見出した〈double Beltrami場〉は,ホール効果という非線形項が特異摂動として作用することで形成される極めて興味深い特殊解です.これは任意の大きさをもつマクロスケールと,イオンの粒子運動がカオスになるミクロスケールを連結する流れと磁場の非線形相互作用を解析的に表現した解だからです.Beltrami場やdouble Beltrami場のリヤプノフ安定性理論,カタストロフィー理論などによって,宇宙・天体のプラズマ現象の基本的な性質が解析できます.また数値シミュレーションによって,ホール項の特異摂動効果のダイナミックな側面について研究を進めています.

 

《学融合》

 集団現象の科学であるプラズマ物理学の理論は,単に物体の集団である物理系にとどまらず生態系,経済システム,さらに社会におけるさまざまな複雑現象を研究している研究者達と多くの問題意識を共有しています.数理物理の方法論を他分野へ拡張するだけではなく,逆に根本的な問題を掘り起こし,これからの科学でどのような研究方法が可能かについて議論する必要があります.

 私たちは,数理科学,物理学,情報科学,地球・惑星科学,医学,社会学,経済学など広範な分野の専門家と研究グループをつくり,国際高等研究所(京都府)において定期的なセミナーを開催し,研究をおこなっています.2001年〜2003年には「多様性の起源と維持のメカニズム」(研究代表者:吉田善章)という計画研究をおこない,研究成果を啓蒙書として出版しました.2004年からは「隙間−自然・人間・社会の現象学」(研究代表者:鳥海光弘)に参加しています.

 

 

3.主要な著書,論文

 

1) 吉田善章; 集団現象の数理 (岩波書店,東京,1995).

2) 吉田善章; 非線形科学入門 (岩波書店,東京,1998).

3) 吉田善章; 応用のための関数解析 −その考え方と技法 (数理科学SGC-30) (サイエンス社,東京,2003).

 

 

4.その他の活動

 

1)     国際理論物理学研究センター(International Center for Theoretical Physics, Trieste, Italy),プラズマ物理学・コースディレクター (1999年〜).

2)     国際高等研究所(京都府),計画研究「多様性の起源と維持のメカニズム」研究代表者(2001年〜2003年).

3)     プラズマ・核融合学会,理事(2003年〜),学会誌編集委員長(2004年〜).

4)     日本物理学会・領域2(プラズマ分野),領域代表(2002年〜2004年).

5)     文部科学省 科学官 (2004年〜).